時間

ラサール石井さんの「笑いの現場―ひょうきん族前夜からM-1まで」 (角川SSC新書 27)を買って、読みきったりしたのですが、「ドリフに縁がなかった」「鹿児島に縁がある」ということだからなのかどうかはわかりませんが、同感するところが多かったようなような気がします。そういえば、バブル世代と団塊ジュニアの境目やら、団塊ジュニアの年代なのに親が戦前・戦中やらの「谷間の世代」「忘れ去られた世代」「後始末の世代」の人たちというのは、かなり「とんねるず的なもの」の影響受けてたり、だと思うのですが、個人的には一切通過していないような気がします。